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藤村直樹(ふじむら なおき、1948年2月19日 - 2010年4月27日)は、香川県出身のシンガーソングライター、医師。 総合病院に呼吸器内科の専門医として勤務。高田渡の相談医としても知られる。 == 経歴 == ===関西フォークの時代=== 1960年代後半の関西フォークの黎明期から、高石ともやを師とし、和歌山県立医科大学入学後、「フォークキャンプ」に参加。「フォークキャンプ」から生まれた音楽ユニット「フォークキャンパーズ」(中川五郎、長野隆、勝木徹芳、村田真、桝井耕一郎、金延幸子、西岡恭蔵ら)のリーダー的存在だった〔「1960年代の終り、フォーク・キャンパーズというグループがあった」 ウェブログ「ナカガワゴロウの世界」2005年2月6日付 、中川五郎オフィシャルサイト内〕。小松民雄、勝木徹芳、村田真が参加した「なれあいシンガーズ」の一員として音源を残している。 第4回関西フォークキャンプ打ち上げコンサート(1969年8月17日、京都市の円山公園野外音楽堂)で歌った「町工場のブルース」〔「第4回フォーク・キャンプ・コンサート」(avex io、2003年10月)楽曲リストによる。〕でソロシンガーとして注目を浴びるが、単独でのレコードデビューはなく、1971年、医学に専念するため和歌山に戻る。しかし、フォークへの意欲は衰えず、「和歌山フォーク村」を結成。ラジオ、テレビに出演。1973年、中島光一、ひがしのひとしとのライブ盤のLP「十年目のごあいさつ 1973」を自主制作。その後、医学の研究や仕事が多忙な関係から長らく音楽活動から疎遠になる。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「藤村直樹 (シンガーソングライター)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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